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お互いの気配を感じてこそ一緒に住む意義がある周辺環境とともにNさんがこだわったのが、基礎と構造である。これに関しては、阪神大震災のときに丈夫だと評価を受けたKES工法の採用を決めた。
簡単にいうと、木材のジョイント部分に特殊な金具を使う工法だ。大きなワンルームがつくりやすいという利点があるが、基礎を相当にしっかりとしなくてはならないために高くつく。
すべての経費をふくめて、建築費は四千万円かかったが、基礎部分にかけた費用の割合が大きい。「かわりに削ったのが内装です。
壁や床材などは贅沢をせず、合板を使ったり、壁にはペンキを塗りました。間仕切りを最小限にしたおかげで、壁やドアにお金をかけないですみました」構造の選択自体は正解だったと思うが、ただ一つだけ、音が予想以上に反響するのは誤算だったという。
だが反対に、そのおかげで「家族の気配を感じることができる」というメリットがあった。Nさんたち家族が暮らす階上の六四平米のスペースには、一つトリック、といったら言葉は悪いが、工夫がこらしてある。
リビングと主寝室、洗面所、風呂場、キッチンの居住空間の上に、ロフトがあるのだ。娘さん二人の個室とNさんの「書斎」があるロフトは、実質的には三階といってもいい。
だが二階にあがると、二階、三階と分かれているのではなく、印象としては一つの大きな空間である。「かぎりなく三階建てに近い二階建てです」とRさんはにやりと笑った。
ロフトが張り出していない部分のリビングの天井は二階分あって高い。南側は大きな全面ガラス窓で、Mさんが丹精して育てている草花が並ぶデッキと緑の多い景色が望める。
キッチンの窓とデッキのガラス窓の南北両面を開けると、風が抜けて気持ちいい。食事用のテーブルと小さなソファがあるだけのリビングは、天井の高さと窓からの景色のおかげで、実際の平米数から想像するよりもはるかに広々と感じられた。
Mさんは家を建てるにあたって、Rさんに三つだけ注文を出した。「夏はエアコンなしで寝たい。
草花が育てられるデッキがほしい。何らかの形で一人になれる自分のスペースを確保したい」。
Nさんの家にうかがったのは夏だったが、南北に通風がよく、天井が高いおかげで、外よりも涼しく感じられた。リビングに張り出したロフトの梁にとりつけられたエアコン一台で、ほぼ全室が冷暖房できるのだそうだ。
またキッチンで炊事をしながらデッキの草花を眺められて、幸せな気分になるのだとか。問題は三番目の「こもれるスペース」だったが、寝室として使っている和室の引き戸を閉めることにより、一人になれるスペースを確保することで解決(妥協?)した。
ちなみに寝室以外、この家には個室というものがない。この最後の欲求が出てきたのは、それまでの生活環境が大きく影響している。
「社宅は人の気配が筒抜けで、プライバシーも何もあったものじゃなかった。くつろぐのも寝るのも四人一緒で、子どもたちは一人で寝るのがコワイなんて、つい最近までいっていたくらい。
親子四人、ひしめいて暮らしていたということかしら。でも子どもが成長するにしたがって、一人になれる空間が必要になってきたの。
それは子どものためだけでなく、私のためでもある。社宅暮らしが限界だと感じたのは、そんなところにもありますね」。
その気持ちは私にもよくわかる。いくら親だからといっても、思春期の子どものことを逐一知りたくはない。
子どもだって自分がつくろうとしている世界に親が踏み込んでくるのはたまらないだろう。お互い見ないですむ部分を持っていることで、どれだけ救われるかわからない。
親をやらなくてすむ空間が家の中にあることで、親も子もほっと息がつけるというものだ。Rさん自身にも一人だけの空間がある。
ロフトの一隅につくられた書斎だ。専門書や趣味の本にぐるりとまわりを囲まれて、書き物ができるスペースを確保してある。
ドアや仕切りがあるわけではなく、通路の一隅にある空間ではあるが、Rさんのスペースとして公認されている。Mさんもそのスペースはいっさい片づけたりしない。
だがRさんの、家族共通スペース対個人スペースに対する考え方は、Mさんのとは少しちがっているように思えた。子どものための空間は必要かもしれないが、完全に一人になれる立派な子ども部屋は必要ではない、とRさんはいう。
それに夫、妻それぞれが別々のスペースにこもる必要もない。家族間のプライバシーを確保するにしても、誰が何をやっているかがわからないような状態にしてしまってはいけないと考える。
ほかの家族の気配がつねに感じられるようでないと、一緒に暮らしている意味がない。「だからこの家は基本的にワンルームです。
洗面所やトイレといった、どうしても必要なところ以外は仕切りをつけていません。子どもの部屋も薄いベニヤのドアで、上部が開いているから、音は筒抜けで何をしているかすぐわかる。
玄関から階段をあがって、共有スペースであるリビングを通らないと自分の部屋にあがれないようになっています。家族が何をしているのかわからないようではいけない。
子どものための家はつくりたくなかった。子どもたちも、ほかの人がうっとうしいとは思っても、見て見ぬふりをする人間関係をおぼえるべきですね」取材でうかがったとき、ロフトのお嬢さんの部屋から音楽が響いてきた。
Mさんが「うるさいよ!」と声をかけると、すぐにボリュームはさがった。お互いへの気遣いができる親子関係が築かれているから、ワンルームのような家でも揉め事が起こらずにすんでいるのではないか。
そこには狭い社宅で長い間生活してきた経験が大きく影響しているにちがいない。家族の空間と個人の空間の関係むずかしい思春期にある子どもたちにどんな子ども部屋を与えるか、というのは、いま住宅を考えるときに看過することのできない問題である。
だが問題は、本当に子ども部屋のつくり方だけにあるのだろうか?家族の個人としてのプライバシー(またはエゴ)を極力小さくして、共有部分を最大化していきたいというN家方式は、どちらかといえば男性側に強く支持される。一方で、今回の取材をとおして女性(とくに妻)たちの「一人でこもれるスペースが家の中にほしい」という声は多かった。
いま家を設計中の友人は、本と楽器が置ける自分だけの部屋がほしいといったところ、夫から猛反対を受けたそうだ。大学生と高校生の子どもがいる彼女は、子育てが一段落したところで自分の時間をすごしたいと思っている。
だから自分一人だけの個室か、それが無理ならば一人になれるスペースがほしい。だが夫は「家の中で一緒にすごしてこそ家族だろう。
ばらばらにすごしていたのでは意味がない」と主張するのだそうだ。なぜ男性(夫)は、女性(妻)が一人になれる時間や空間を恐れるのだろうか?そういいながら、自分たちはしっかり「男の書斎」にこもっていたりするのに。
私はとくに何のポリシーもなく、子どもに一室ずつを与えた。そして自分自身は、仕事部屋に一日十時間以上こもっている。
子ども部屋からの気配はもちろん、リビングの気配さえも伝わってこない極楽の個室である仕事部屋だ。
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